私は天使なんかじゃない






縁は異なもの味なもの








  旅の果てに得たもの。
  それは……。





  グレイディッチ。地下。
  Dr.レスコの研究場所のあるマリゴールド駅の中。ストレンジャーに宛がわれた区画、その部屋の一室。
  ストレンジャーのメンバーがそこに集っていた。
  とはいえ先遣隊は全滅し、その大半は既にこの世にはいない。
  現在残っている者。
  傭兵団ストレンジャーのリーダーであるボマー、腹心のバンシー、西海岸最強の自称死神のデス、リージョンに滅ぼされた部族の族長だったランサー、元NCR兵士のガンナー、戦前から
  生きるグールのマシーナリー、アンタゴナイザーに鼻を折られて包帯をしているレディキラー、現在修理中で別室に待機している警戒ロボのオートマタ、火炎放射器を扱うトーチャー。
  それが本隊のメンバー。計9名と1機。
  キャピタル支隊はラッドローチを支配するローチキングのみが生き残っている。
  ブッチにパトカーで跳ね飛ばされたガンスリンガーとマッドガッサー、ヴァンスに腕を切り落とされたフライマスター、未だ招集に応答しないドリフターは行方不明。
  ボマーは言う。
  「地上に妙な連中が集まってきている、そうだな、バンシー」
  「はい、ボマー。稼働している監視カメラ類を全てスキャンした結果、数十名単位の集団を確認しました。見知った奴がいます、ヴァンパイアです」
  ヴァンパイア、それはヴァンスのストレンジャー時代のコードネーム。
  地上にはストレンジャー討伐の為に進撃してきたヴァンス率いるメレスティトレインヤード所属の部隊が展開していた。
  ビリー・クリールもいる。
  この動きはブッチとは連動していない。
  あくまでヴァンスとビリーの、過去との決別の為の行動。
  「ふぅん、ヴァンパイアか、僕が遊んでこようかな」
  「好きにしろ」
  「当然そうさせてもらうよ」
  意にも介さずにデスはそう返した。
  デスはボマーよりも強い。
  その為傘下に加えているというよりは、同盟関係に近かった。それもデス優位の。
  ただボマーはどうでもいいと思っていた。
  屈辱にも思っていない。
  お互いに利用し合っている、それだけで十分だったからだ。
  デスが退室した後、バンシーが囁いた。
  「よろしいので?」
  「構わんよ。さて、トロイもここに向かっているという情報もあるが……」
  意味ありげにランサーを見る。
  槍を持つ初老の男性ランサーともまた同盟関係に近いものがある。ランサーはあくまでリージョンに対しての復讐で組んでいるに過ぎない。とはいえストレンジャーは傭兵でありリージョンとも
  組むことがある。その時はリージョンの幹部の何名かを事故死と見せかけて殺すことを協定として結んでいた。
  しかしここは東海岸。
  そもそもリージョンはいない。
  「ランサー」
  「……」
  復讐心を満足させることのない今回の遠征にそもそもランサーは乗り気ではなかった。
  では何故組んでいるのか?
  それはいつかリージョンの総帥シーザーと対面した時に不意を突いて殺す為にだ。その為にはストレンジャーの評価をシーザーに認めさせる必要がある。
  単独の武名で接近するよりもその方が手っ取り早い。
  そう考えた上で手を組んでいる。
  「ランサー」
  「ワシにトロイを消せと?」
  「そうだ」
  「……まあ、よかろう」
  「あの、ボス」
  おずおずとそう言ったのはローチキングだった。
  支隊唯一の生き残り。
  「何だ?」
  「あの女をいただけませんかね?」
  「あの女?」
  「アンタゴナイザーです」
  「誰だそりゃ?」
  「ここに侵入してきたコスプレ女です」
  「……ああ、そんなのもいたな。アンタゴ……なんだ、有名な奴なのか、よく名前知っているな」
  「有名なアリ女です。ジャイアントアントを操れる奴です。たぶん俺やフライマスターと同じmasterの能力者かと。……俺とあの女を掛け合わせたら凄い能力視野が出来ると思うんですよね」
  「ただスケベなだけじゃないのか、お前? まあいい、好きにしろ」
  「ありがとうございますっ!」
  「俺は俺でDr.レスコに雑用を頼まれているんでな、悪いがバンシー、後は頼むぞ。今日は荒れそうな感じがする、侵入される可能性もあるからな」
  「お任せを」
  「よしお前ら、この一戦を大佐から依頼の幕開けにしろっ! キャピタルで暴れまくろうぜっ!」





  同刻。
  グレイディッチ地下。ボルト至上主義者たちが宛がわれている区画、その一室。
  「ワリーが戻らん」
  「先ほども報告しましたがストレンジャー側からの連絡では乗っていた車ごと粉砕されたと……」
  「うるさいっ!」
  ボルト101のセキュリティ部隊を率いるアラン・マックは受け答えしたセキュリティに当たり散らす。
  ブッチ・デロリアがここに向かっていることも既に知っている。
  全て知った上で、荒れている。
  部屋に集結しているセキュリティ部隊は全員震えあがった。
  壁に寄りかかって傍観者の立場にいるジェリコとクローバーは内心でそれを見て笑っている。それもそうだろう、あくまで食客的な立場でしかないのだから。
  ジェリコが言う。
  「で? どうするんだ?」
  「ストレンジャーなどと組むんじゃなかった。何の役にも立たんではないか」
  「まあ、そうだな」
  それは素直にジェリコは認めた。
  本音だった。
  西海岸で有名な傭兵団とはいえ名前負けだと思っている。
  実際には主力となる連中は未だ動いていないとはいえ、前哨戦でそれ以外は全滅しているのだから。刺客部隊も倒されるか行方不明だったりと使えない。
  「ボルトに帰るのか? だったら隠してある水をボルトまで運ぶ手筈を付けてやるよ」
  「いや」
  「いや?」
  「ストレンジャーには付き合わん。だがブッチ・デロリアがここに来るのであれば迎え撃つ。駄目なときは、その時に引き上げる」
  「来るかもしれないが、ストレンジャーも迎え撃つだろ? アリだっている。ここまでは到達しないかもな?」
  「それならそれでもいい。その時は帰るまでだ。どちらにしてもボルト101の監督官になる為の前哨戦に過ぎないのだからな」
  「オーケー、分かったよ」





  数分後。
  グレイディッチ地下。Dr.レスコの研究室。
  「で? 話とは?」
  ボマーは呼び出されて早々にそう聞いた。
  2人の間にそう接点はない。
  ただ、以前キャピタルで暴れた際にDr.レスコの依頼で村を潰し、そこにいた数名を人体実験用にさらった、それだけの関係。
  特に親しいわけではない。
  「ここを引き払うことにした」
  「そうか、勝手に出て行けばいい。ストレンジャーに引越しの手伝いでも依頼したいのか?」
  「そのようなものだ」
  「ほう?」
  冗談で言った発言が肯定されるとは思わなかったボマーは、少し興味ありげな顔をした。
  「どういう意味だ?」
  「ここマリゴールド駅構内は天然の洞穴と繋がっている、そこに女王アリがいる。私はその女王アリにFEVで遺伝子に刺激を与えた。ジャイアントアントを小さくする計画だ」
  「ふむ」
  Dr.レスコの研究はアリを本来の極詳サイズにすること。
  そういう意味では意義のある研究。
  問題はその過程。
  そして研究者の狂った倫理観。
  「色々とここは騒がしくなってきたし失敗作のファイアーアントが徘徊しているからね、ここは引き払うってわけだよ」
  「俺は何をすればいい?」
  「洞穴の天井に穴を開けてくれ。君が来てくれてよかったよ、たまたまとはいえね。爆発物はお手の物だろ?」
  「まあな。女王アリを外に逃がすのか?」
  「そうだ。別の場所に連れて行く。そこのビーコンは作動している、女王アリはそのビーコンに引き寄せられるって寸法だ。好む波長は既に分かっているんだ。頼めるか?」
  「構わんよ。どうせ敵は俺まで到達しないだろうしな、暇してる」
  「よかった。私はシェイルブリッジで研究を再開する。ここにもう用はない」





  グレイディッチ。地上。
  かつての街はDr.レスコが遺伝子操作した火を巨大なアリ、ファイアーアントが無数に闊歩する廃墟と化している。
  住民の大半が朽ち果て、残った住民は他の街に逃げた。
  メガトンは一度調査隊を送るも誰も帰らず、ミスティに依頼するも偽中国兵騒動で見送られ、レギュレーターの部隊を派遣する計画を立てるもエンクレイブ襲来で頓挫していた。
  その為今まで外部からは手付かずのまま。
  ……。
  ……さっきまでは。
  「この辺りは掃討したな。それで、どうするよ?」
  「ストレンジャーはこちらの行動を把握している、バンシーは機械類を無条件に支配できるからな」
  こちらの動きを追うように動いている監視カメラを見ながらヴァンスはそう返した。
  メレスティトレインヤード出身の部隊を率いているのは帯刀しているヴァンス。
  それは吸血鬼たちの街。
  「ビリー」
  「なんだい?」
  過去との因縁を決別するべく、乗り越えるべく、ビリーは今回の襲撃に参加している。
  部隊の周辺には巨大蟻の死骸が転がっている。
  無数に。
  襲撃している部隊の数は30名。
  重装備の部隊。

  「ぎゃっ!」
  「ぐあああああああああああああああああああっ!」
  「……っ!」

  不意に部隊の3人が血煙を上げてその場に倒れた。
  瞬間、ヴァンスが抜刀して虚空に剣を振るった。
  剣は振りきれない。
  虚空半ばで止まった。
  金属音を立てて。
  「さすがは僕が鍛えた弟子、ってだけはあるねぇ、ヴァンパイア」
  「デスっ!」
  実体化するデス。
  中華製ステルスアーマーで透明化していたのだ。
  足音がしない能力、透明化するアーマー、殺した相手の活力を奪う能力、全てを組み合わせた結果、デスは奇襲戦に長けた存在として君臨していた。

  ばっ。

  デスは後ろに大きく飛んで間合いを保つ。
  武器を持っていない。
  中華製ステルスアーマーは、ステルスアーマーそのものを透明化する、その為纏っている者も消える。とはいえ手にしている武器は消えない。だから武器を持っていない。少なくともブッチを
  襲った時とは違ってヴァンスの能力を認めたうえでの行動。ブッチ戦では剣を持ったままで透明化していたからだ。
  「よくぞ来た、と言いたいところだがさほどの時間は与えんよ」
  「ビリー、連携して戦うぞ」
  「おうっ!」
  「さて各々方、死神の洗礼を受ける時間だが覚悟はいいかな?」





  「ここが終着点か」
  バイクで移動した俺たちはようやく目的地に到着。
  ED-Eの案内だ。
  ここにトロイがいる、らしい。
  何だってED-Eがここに先導できたのかは謎だ。トロイの生体データでも追跡できんのか?
  まあいい。
  「廃墟だな」
  「グレイディッチか、ここは」
  「グレイディッチ?」
  呟いたのはロボットのコスチュームをしたメカニストって奴だ。
  カンタベリー・コモンズのヒーロー、らしい。
  腰にはレーザーピストルがある。
  「妙な火を噴く蟻が溢れだして滅んだ街だ」
  「へー」
  有名な場所らしい。
  トロイの奴、ここで何してるんだ?
  謎だぜ。
  とはいえグレイディッチか、どこかで聞いたような名前だな。
  どこだっけ?
  ……。
  ……あー、スパークル婆ちゃんが言ってた場所か。
  ウィルヘルム埠頭に屯うハンターたちの元締めの婆ちゃん曰く、妙なアリが出て来たから他に行かないように埠頭で足止めしているとか何とか。
  なるほど、ここかぁ。
  「ボス、どうする?」
  「ED-Eに付いて行くしか……おいっ!」
  スィーと飛行して飛び去るED-E。
  はえぇよっ!
  慌てて追いかけようとするものののっそりと何かがこちらに向かって寄ってくる。
  赤いアリ。
  あれがファイアーアントか?

  ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

  距離があるから届かないものの火を噴きやがったっ!
  決定、こいつがファイアーアントだっ!
  俺は9oピストルを二丁引き抜いて発砲。一発目は前足を吹き飛ばし、二発目で胴体に命中、まだこちらに向かって来るので頭に三発目、これで動きが止まった。
  強いってわけではないな。
  まともに当てれば倒せる。
  問題は……。
  「その数か」
  銃声に引き寄せられたのか続々と出てくる。
  建物の陰から、建物の中から、続々に。
  囲まれる前に何とかしなきゃな。
  「ボス、どうする?」
  「前哨戦にしても面倒だぜ、やり過ごした方が得策だ。だろ?」
  「ああ、そうだな」
  「じゃあそんな感じで……」
  その時、銃弾が大量に叩き込まれた。
  アリたちに対して。
  俺たちは振り返る。そこには三人組がいた。
  「よおブッチ」
  「イッチ?」
  自販機パラダイスであった三兄弟だ。
  長男イッチ、次男ニール、三男サンポス。カンタベリー・コモンズを拠点にする傭兵。
  メカニストが呟いた。
  「お前ら何でここに?」
  そうか、メカニストもカンタベリーだから顔見知りか。
  イッチが笑った。
  「お仕事さ」
  「お仕事?」
  今度は俺が聞き返す。
  というかケリィのおっさんはどうなったんだ?
  「治療の件は……」
  「あのデブいおっさんは無事だよ。カンタベリー・コモンズにちゃんと運んだ」
  「そうか」
  何気に言い方は酷いな。
  デブいおっさん、ね。
  俺より表現が悪いぜ。
  「それで何だってここにいるんだ?」
  「グールの友達がいるだろ」
  「グール、ああ、Mr.クロウリーか」
  「そいつに依頼を受けたのさ。あんたらの援護に行けってね。足跡辿ったらここに着いたんだよ。5000キャップの依頼金だぜ、すげぇでかい仕事だ。これだけの資金があればリベットシティに
  拠点を移してもやってける。やっぱ大都市は金掛かるしな。この件が終われば俺たちも一流ハンター入りってわけだ。援護する。で、何すりゃいい?」
  「この囲みを突破したい」
  「よっしゃ」
  Mr.クロウリーには感謝感謝だぜ。
  「ここは俺らで受け持つ。行け、ブッチ。ニール、サンポス、俺らの輝かしい未来の為にやるぜっ!」
  「おうよっ!」
  「分かったよ兄さん」
  群がってくる蟻は三兄弟に任せるとしよう。
  長男はスナイパーライフルを背負い、前回持っていなかったアサルトライフルを乱射、次男もスレッジハンマーを片手に持ちつつ、これまた前回持っていなかったアサルトライフルを左手で
  撃っている、三男は10oサブマシンガンで蟻を蹴散らしている。わざわざここに乗り込んできたんだから火力は充分だろう。
  炎は厄介だがよっぽど接近されなければ怖くない。
  大丈夫だろ、任せるとするか。
  「バイク置いてくわ」
  「分かったよ、さあ行け」
  その言葉で俺たちは走る。
  死骸を飛び越えて先に進む。ED-Eの姿はどこにも見えない。
  その時別の場所でも銃声が聞こえた。
  無数に。
  どっか別の誰かが乗り込んできたのか?
  かもな。
  火吹き蟻たちはそこら中から這い出してくるが俺たちは捕捉される前に突き進む。PIPBOY3200でED-Eの位置を追跡しているから迷子になることはない。途中灰が山積みになってたりす
  るからED-Eのレーザーの洗礼を受けた蟻がいるのだろう。座標がおかしいな、消えかかってる……地下に潜ってるのか、ED-E。
  駄目だ、消えた。
  くそ。
  どこ行きやがった。
  「攻撃開始っ!」
  バリバリバリ。
  カンタベリーで買った中古のアサルトライフルをベンジーは掃射。
  視界に飛び込んできた蟻たちを撃破。
  俺たちは立ち止まる。
  とりあえず敵はどこにも見当たらない。
  交差点で俺たちは立ち止まっている。寂れた建物が立ち並んでいた。
  「どうしたんだね、ブッチ君」
  「反応が消えたのさ、メカニスト」
  「じゃあボス、どうするんだ? 宛もなく探すのか? それは構わんが弾丸をトラック一台分用意してくれ。そこら中に敵がいる雰囲気だ。とてもじゃないが全部は殺せないぞ」
  「確かにな」
  PIPBOY3200とにらめっこ。
  最後に反応していた場所から地下に降りれるはずだ。
  まずはそこに向かうか。
  「また蟻が来たぞっ! 正義の裁きを受けるがいいっ!」
  「攻撃開始っ!」
  レーザーと弾丸が蟻を貫く。
  撃破。
  だがこりゃ消耗戦だな、それも激しい消耗戦だ。
  ここにストレンジャーとボルト至上主義者がいる公算は極めて高い。このままじゃ連中に到達する前に弾丸がなくなっちまう。
  どうしたもんかな。

  ばぁん。

  銃声。
  それも近くから。
  ベンジーが俺を引っ張らなかったら多分俺は死んでいた可能性が高い。さっきまで俺が立っていた道路に銃痕。どこからの銃撃だ、くそっ!
  メカニストは素早くレーザーピストルを目の前の建物の、二階の窓に向けて発射。
  窓は空いている。
  そこからの狙撃かっ!
  俺は立ち直り武器を構える、二階に向けて。ベンジーも二階に銃を向けているが道路に面している扉にも注意を向けている。

  「咄嗟に撃った、悪かった」

  二階の窓から声。
  しばらくした後に扉がゆっくりと開いた。俺たちは銃をそちらに向ける。出て来たのは手を挙げた……。
  「レディ・スコルピオン?」
  「何だってボスがここに?」
  「そりゃこっちのセリフだ」
  おや?
  何か違和感がある。
  手にしているのは中国製ピストル、肩にナップサックを掛け、ダーツガンを背負っている。顔は隠していないが依然同様にボロボロのローブだ。
  じゃあこの違和感は何だ?
  ……。
  ……あー、髪の色か。
  前は金と赤だった。
  金のメッシュを入れているとか言ってたな。
  今は完全に赤毛。
  何故に?
  物言わずにベンジーが武器を構えようとしたものの……すぐにやめた。ただ、詰問口調だ。
  「お前」
  「何よ?」
  「ストレンジャーじゃないのか?」
  「はあ?」
  いきなり何言ってたんだ、文字通りそんな顔をした。
  「レディ・スコルピオンだからって連中のコードネームぽいって? ふざけないでよ、何だってあんな連中の仲間なんて。……まさかボスもそう思ってるの?」
  「疑ってはねぇよ。いきなり何だって消えたんだよ」
  「断ったじゃないのさ」
  「断った?」
  「人助けする為に抜けるって。この間まで医者の真似事してたのよ。ボスも、頷いたじゃないのさ」
  「……マジで?」
  「やれやれ。ボスは確かに上の空だったけどさ」
  スプリング・ジャックたちを助けれなくて無気力だった。
  その時に断られた?
  まずい。
  何にも覚えてない。
  「あたしは言ったよね、あのおっさんたち助ける為に抜けるって。昨日まで診療所で治療を手伝ってたんだよ」
  ここで言うあのおっさんたちとは市長たちのことだろう。
  たぶんな。
  「治療、お前が?」
  「悪い?」
  初耳だ。
  ……。
  ……いや、正確には初耳じゃないのか。
  俺が吹抜けてて覚えてないだけで。
  ベンジーが俺を睨んでる。
  レディ・スコルピオンもだ。
  つまり、このベンジーの疑心暗鬼は俺の所為か?
  「これでもあたしは西海岸にいた時は運び屋やりながらアポカリプスの使徒と一緒に行動してたりしたんだ。ダーツガンにも使ってるラッド・スコルピオンの毒は麻痺毒。濃度をコントロール
  することで麻酔の効果があるんだよ。レギュレーター?とかいう連中の治療を手伝ってたんだよ、これで満足かしら?」
  「アポカリプスの使徒?」
  何じゃそりゃ。
  知らない単語だ。
  考えてみたら俺は知らない世界の方がまだまだ多いな。キャピタルのことですら分からんわけだし。
  「アポカリプスの使徒っていうのは、まあ、善意の医療集団。正確には知識の伝達を志す連中。知識を貯めこんで独占したいBOSとは対極的な連中よ。そいつらと懇意なのよ、あたし」
  「じゃあお前も医者なのか?」
  「まあ、そんなもん。ラッド・スコルピオンの毒も扱い間違えたら死ぬし、調整する技術は必要だし」
  「へー」
  「これで納得してくれたのかしら? これでも一応、人助けてしてたのよ」
  「そ、そうか、すまなかった」
  「いいよ、別に」
  「だけどどうして赤い髪にしたんだ?」
  「ボスが気に入ってるとか言ってなかった? 赤毛好きなんでしょ?」
  「……」
  何気にこいつすげぇこと言っている気がする。
  気のせいか?
  えっ?
  俺ってもしかしてリア充なのか?
  ベンジーが茶化す。
  レディ・スコルピオンは意にも介していないが。
  「おーおーカップル成立か? いっそ本名明かしちまったらどうだ? 呼びにくいしボスに愛称で呼んでほしいだろ?」
  「本名ですって? あたしはティ……」
  「ティ?」
  「ティ、ティ、ティ……」
  「……?」
  「……やめ」
  「はっ?」
  「あたしは自分の名前が軟弱過ぎて気に入ってないんだ。それに別に敬意であって、恋愛感情なんてないんだ、勝手なことは言わないでほしいわね。ボス、好きに呼んで頂戴」
  「ティ、ね。ミス・Tとでも呼ぶか?」
  「お好きにどうぞ」
  「あー、だがミスティと混同するな。今まで通りでいいか。それで、俺が記憶してなかったのは悪いけど……ここに来ることは聞いてなかったぞ、たぶん。何だっているんだ?」
  「リベットシティからヴェラって女が来たんだ、ブライアンって甥っ子を引き取りにね」
  「ふぅん?」
  「そのブライアンって子はここ出身らしい。メガトンに避難してたんだよ、それで叔母がそれを知って引き取りに来たんだ」
  話が見えてこない。
  メカニストがレーザーピストルを撃つ音が響いた。
  蟻だ。
  「早いとこ移動した方がいいと思うよ」
  だよな。
  俺もそう思う。
  「何だか知らないけどグレイディッチって街は滅びた、まあ、見たら分かるけど。そこにある自宅から両親の形見のハーモニカを回収してきてほしいって頼まれたのよ、依頼としてね」
  「依頼、ね。報酬は何なんだ?」
  「ヴィラって叔母が経営しているウェザリーホテルを、経営が続いている限りは無料って報酬」
  「すげぇな」
  リベットシティを拠点として動く限りは心強い報酬だ。
  「回収できたのか?」
  「ええ。ちょっと家を探したけど。何だか知らないけどお隣さんはエンクレイブの脱走兵の家だった。ブランダイスとかいう、西海岸時代のエンクレイブからの脱走兵」
  「こっちのエンクレイブとは違うのか?」
  「同じだけど、その男はリチャードソン大統領時代の脱走兵。エデン大統領は何者、的な事を日記に書いてた」
  「へー」
  「蟻に家族を殺されたから皆殺しにしてやるとか書いてあったわ、最後のページにね。それでボスはここに何しに?」
  「ストレンジャーとボルト至上主義者の巣窟だからだよ、ここがな」
  「ああ、決戦に来たのね。あたしはまだトンネルスネーク?」
  「当たり前だ」
  「じゃあ行きましょうか」
  「ああ」
  仲間は続々と集結している。
  後はトロイか。
  「君たち、話は済んだか? 新手が来たぞっ!」
  メカニストが叫ぶ。
  火を噴く蟻たちがわらわらと集まり始めている。
  もちろん連中の攻撃距離を尊重してやる義理はない。視界に入った途端に全員で一斉射撃。
  ベンジーはアサルトライフルで、レディ・スコルピオンは中国製ピストルでアリの眉間を次々と撃ち抜き、メカニストもレーザーピストルで灰の山を築いていく。
  俺だって負けてない。
  9oピストルで蹴散らしていく。
  撃破終了。
  「しかし随分といるもんだな」
  面倒になって来たぜ。
  弾丸はふんだんにあるが、あくまでストレンジャーとボルト至上主義者用の弾丸だ。大目には持ってきているがここまでの厄介を想定して携帯はしていない。
  まずいな。
  「ボス、消耗戦はやばいぞ、早々にここを抜けよう」
  「ああ。だな」
  「そういけばいいけどね、新手がまた来たわよ」
  「マジかよ」
  「なぁに、怯える必要はない。さあ行こう、正義を貫きに。正義の味方に栄光あれっ!」
  「……そのポジティブさはすげぇと思うぜ、正義のヒーローさんよ」
  新手の蟻が登場。
  どんだけいるんだ?
  だけど、まあ、確かにこんだけいれば街の一つや二つは確かに滅ぶわな。
  くそ、厄介なところを拠点としたもんだぜ。
  銃を構える一同。
  その瞬間……。

  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  爆発。
  弾け飛ぶ蟻たち。
  な、何だぁ?
  俺たちは誰も爆発物を持っていない。
  周囲を探る。
  誰もいない。
  イッチ達が援護してくれているってわけでもなさそうだ。
  「ブッチ君、そこかしこで爆発しているぞ」
  「ああ」
  そう。
  途端にそこら辺で爆発音が響きだす。
  どういうことだ?

  カサカサカサカサ。

  何かがかなりの速度で地面を這ってこちらに向かってくるのが目に入った。
  蜘蛛?
  だが生物ではなさそうだ。
  機械。
  機械の蜘蛛だ。
  数は3。
  ベンジーが叫んだ。
  絶叫に近い。
  「スパイダードローンっ!」
  何じゃそりゃ。
  ベンジーはそのままアサルトライフルを、そのスパイダードローンとか呼ばれた機械に向かって撃つ。
  弾丸が当たった瞬間に爆発。
  残りの2体を巻き込んで爆発した、いや、誘爆した。
  何だあれ爆弾かよっ!
  「あんなのは西海岸では見たことなかったな、こっち原産のやつ?」
  俺は答えようがない。
  分からないという意味合いで肩を竦めた。
  ボルト出身で、この間まで地下暮らしだったからな。知りようもない。とはいえ今まで見たことないのは確かだ。少なくともメガトンとかでは見たことないな。
  メカニストも首を横に振る。
  「知らないな、あれは。修理工しているから大抵のロボットは知っているが、あんなのは初めて見たよ」
  お手上げってやつだ。
  一同ベンジーを見る。分かったことは、あれは昆虫型爆弾ってことだ。
  性質わりぃ。
  「ベンジー、あれは何なんだ?」
  「俺があれを最初に見たのはアンカレッジで、アイスキャンプ襲撃の時だ」
  「そ、そうか」
  とりあえず意味が分からん。
  流す。
  「あれは中国軍が開発した兵器でな、まあ、簡単に言えば追尾する地雷だ。だが敵を認識して追尾しているわけではなく、熱に対して追尾してくるんだよ」
  「熱に?」
  「ああ」
  生物にってことか。
  なるほどな。
  ……。
  ……ん?
  じゃあ、作り主も接近したらやべぇってことか?
  「敵味方問わずってことか?」
  「そういうことだ。中国軍にロボット作りは難しかったからの欠陥なのか、製作費ケチったからかは知らんがな」
  「へー」
  「しかし俺が知っている限りではアンカレッジのような局地戦でしか使えないから廃棄されたという話だったが……」
  「伏せてっ!」
  鋭いレディ・スコルピオンの声。
  伏せた俺たちの真上をミサイルが飛んでいく。建物にぶつかって爆発、飛んできた方向には警戒ロボット。片方の腕がない。この間のイカレタ食堂の時に出て来た奴か。
  その後ろにはグールが乗っている。
  グールのアサルトライフルが火を噴いた。
  「くそっ!」
  ストレンジャーかっ!
  俺たちは何とか掃射をやり過ごして反撃。警戒ロボットにはもうミサイルが装填されていないのだろう、ミサイルの反撃はない。
  ただあの機動性は厄介だ。
  思ったよりも動きが早い。
  弾丸が当て辛い。
  グールが叫ぶ。
  「まさかとは思うがパターソンの手下か、お前っ!」
  それはベンジーに向けられた言葉。
  沈黙を肯定と受け取ったのかグールはさらに叫ぶ。
  「アンカレッジはお前らの所為でジンウェイ将軍はご自害なされた。あそこで我々が勝っていればこんな世界にはならなかったはずだっ! 俺は今はマシーナリーと名乗ってはいるが、
  元は偉大なる中国軍に属していた、技術士官としてな。200年跨いだ決着を今こそ付けようじゃないかっ!」
  「ふん。アンカレッジの亡霊め」
  鼻でベンジーは笑うものの、すぐに苦笑した。
  「俺も亡霊か」
  「ベンジー」
  「ボス、あいつもストレンジャーとかいう奴らなんだから、それなりに強いはずだ。スパイダードローンを今の時代に持ち込んだのも奴だろう。過去の因縁もある、俺がやる」
  「一緒にやった方が……」
  「スパイダードローン見たろ、集団だと一網打尽にされかねん。それに蟻も目障りだ。行けよ、ボス、俺が受け持つ」
  「分かった。お前の男を立てるぜ」
  「トンネルスネーク最強」
  「ああ。最強だ」
  ここはベンジーに任せるとしよう。
  俺たちは仲間を促す。
  信じているからこそベンジーに任せるとしよう。再び群がってくる蟻たちを蹴散らして俺、レディ・スコルピオン、メカニストは進んだ。
  そして辿り着く。
  マリゴールド駅の前に。
  ここでED-Eの反応は消えた。つまりここから地下に潜ったのだろう。
  俺たちも進むとしよう。
  敵たちの巣窟に。
  悪意が横たわる、闇の底に。





  「白けた」
  デスは静かにそう呟いた。
  ヴァンスは全身汗だくでその場に立っている。ビリーもコンバットショットガンで応戦したものの、全くデスには歯が立たなかった。
  連れてきた重武装の兵士たちは群がってくる蟻たちへの応戦で手一杯。
  もっともそれでよかったのかもしれない。
  デスに物量戦は無意味。
  むしろそれはデスの望むところだった。
  殺した相手の活力を奪う能力者のデスにとって敵が多いということは、人数分の活力が奪えるということ。
  活力=スタミナと思えば、殺し続けている限りデスのスタミナは尽きないということ。
  彼の無双の理由はそれだった。
  だからこそ。
  だからこそ西海岸では最強の名をほしいままにしていた。
  「白けた、だけですかね?」
  「ん?」
  肩で息をしながらヴァンスは言った。
  元々デスはヴァンスの剣の師。
  その力量は遥かに超えている。デスは現在無手ではあるが、全く歯が立たない。だがヴァンスの素人ではない。ストレンジャー時代は不動の3人に次ぐ実力者だった。無手でも
  負けないもののヴァンスを仕留めるには決定打に欠けていた。だからこその長期戦。ビリーの援護も長期化の一因だ。
  勝てない。
  勝てないものの、ヴァンスはデスの弱点をおぼろげながら理解し始めていた。
  「何が言いたい?」
  「言葉には出来ませんが、何かが掴めそうです」
  蟻が集まり始める。
  ファイアーアントは別にストレンジャーを襲わないわけでもなければDr.レスコが支配しているわけでもない。
  テリトリーであるこの廃墟の街に入り込んだ者を等しく殺す。
  「まあいいよ、僕は退こう。後は蟻たちに任す」